かけらを受け取る
大槻晃実 芦屋市立美術博物館学芸員
大阪のビジネス街に位置するOsaka Metro 本町ビル1階で、Art to Live 展覧会「Exploring III―かかわりから生まれる芸術のかけら」が開催された。地下鉄の駅と直結し、店舗やオフィス、高級ホテルが入るこの高層ビルは、多くの人々が行き交う場所である。会場となった1階のエントランスホールは、御堂筋に面した大きなガラス張りの開放的な空間で、外光が差し込む明るい雰囲気が特徴的だ。ビルの入居者がホールを通り抜ける際、思いがけず本展に出会い、足を止めて作品を鑑賞する人々もいた。大阪の一等地に位置する商業ビルを会場に選んだのは、特定のアートファンだけでなく、日常の延長でこの場所を訪れる人びとへも出会いの機会を広げたいという主催者の思いの表れだろう。
本展は「障がいのある人の優れた作品を、現在活躍する美術家の仕事とともに包括的に紹介する」プロジェクトの一環である。高度情報化が急速に進む現在、私たちはAIによる効率性に安心を委ね、「人と人、周囲との直接的な関係」から距離を置きがちな傾向にある。本展は、そうした風潮に警鐘を鳴らすとともに、障がいのある人の表現と美術家の作品を並置して展示する点で、他の現代美術の展覧会とは一線を画している。
展示は「学びのかたち」「記しと気づき」「感じるものたち」という三つのキーワードで構成されていた。ここで特に重要と感じたのは、作品を「属性」や「特性」へと単純化して解釈をしない姿勢である。各作家の制作の背景に触れ、家庭や学校、アトリエで広がる営みという、さまざまな環境との関わりの中で作品が生まれ、どのように受け止められていくのか。そのプロセスそのものに光を当てようとする展示であった。
こうした視点は、プロジェクトが時間的な連続性の中に位置づけられていることにもつながっている。2019年から始まった本シリーズは、時間と場を移しながらキュレーションを更新し続けており、問いを育て、考え続けていこうとする企画者の意志が伝わってくる。
会場には、大江正彦、かつのぶ、勝山直斗、齊藤彩、高田マル、中根恭子、平田安弘、松本国三、森本絵利の9名による作品が展示されていた。各章のキーワードに導かれながら、作品どうしが空間にゆるやかなリズムをつくり出していたのが印象的である。
なかでも、「記しと気づき」で紹介された勝山の制作現場を記録した写真と動画は、強く記憶に残った。勝山の作品は、部屋の壁紙を唾液で湿らせて剥がし、その痕跡で壁画を描いたり、剥がした壁紙をガムのように噛んで成形し、天井に投げて貼り付けるという行為の先にある表現である。現場そのものがインスタレーション作品へと変化していく過程を捉えたこれらの記録は、作品とアーカイブの境界を溶かし、表現の文脈を立ち上げる重要な手がかりとなっていた。
一方で、中根恭子の作品は、牛乳パックに印刷されているロゴやバーコード、文字情報などをハサミで切り取り、一片ずつケースへ丁寧に配置したものである。接着されていないため、紙片が重なる状態は日々変化するという。そのため、支援スタッフや周囲の理解者が記録撮影することで、その行為が作品として光が当てられた。行為のかたちを留めることの難しさの中で、どのように表現を受け止め残していくべきかという問いへの応答を示す実践である。
これらの作品を見ながら、相原コージの『コージ苑』に収録された「ゆう-めい【有名】」という4コマ漫画を思い出した1。八百屋のおかみさんが、実は物理学者になればノーベル賞級の大発見をする才能を持ちながら、その道に進む契機は訪れず八百屋の人生を歩み続けるという内容である。私はこの作品を読んだとき、才能が開花するための条件や、偶然とも呼べる出会いの不確かさについて考えさせられた。本展で勝山や中根の行為が表現として受け止められた背景には、支援者や関係者がその営みを理解し、まなざしを向け続けた時間があったからだろう。その事実に深い敬意を抱くとともに、まだ光の当たっていない表現がどれほど存在するのか、思わず想像をめぐらせずにはいられなかった。
行為を真摯に見つめ、共に記録し、受け止める人々のまなざしがあるからこそ、彼らの表現は作品として立ち現れてくる。そう考えると、これらの実践は作者と周囲がともに形をつくる、共同行為としての制作方法と捉えることもできるのではないだろうか。
私はこれまでの経験から2、「障がいのある人の表現」と「美術家の作品」を同じ場に並置して展示構成を組むことに、少なからぬ躊躇を覚えるようになっていた。大きな理由の一つは、作者と作品の関係をどう捉えるかという問いである。展示という環境に置かれた作品は、多くの人に観賞され、ときに細やかな機微や感動だけでなく負の感情さえも呼び起こしうる。作者の手を離れた表現が鑑賞者の人生に介入し、それぞれの物語の中に織り込まれていくその事態を、作者はどう受け止めているのか。私はその点ばかりが気にかかっていた。だからこそ「障がいのある人」が自らの意思で作品を世に出すことを十分に理解し、同意しているのかという問いが常に心の底にあった。たくさんの人に見てもらうことは、その人にとって本当に良いことなのか。自分にとって心地よい、あるいはそうせざるを得ない行為の延長として生まれた表現が、周囲の導きによって「作品」として提示されるとき、作者はどのように何を感じているのだろうか。
そのような考えが頭を巡っていたが、それでもなお会場に立ち現れていたのは、鑑賞者の心をゆさぶる表現であった。多くの人がそれに触れ、さまざまな感情を立ち上がらせる契機が生まれる。そのこと自体が、「美術」という領域の輪郭を少し外側へ押しひろげる作用をもつのではないか。むしろ、表現者と美術家の作品のあいだに、背景だけを根拠とした境界線を引くことに、慎重にならざるを得ないと感じるようになった。
「境界」という言葉には私自身、特別な感情を抱いている。10年前、芦屋市立美術博物館で、森本のワークショップ「曖昧な境界(線)に触れる──ゴマをする──」を開催した。参加者はすり鉢とすりこぎ、粒ゴマだけを手に、ひたすら擦り続ける。粒は「すりゴマ」になり、さらに「練りごま」へと変化していく。視覚や嗅覚、手の感触から変化の途中を辿る中で、いつどこで、それは「別のもの」になるのか、その境界は曖昧だ。虹の七色も、グラデーションの境目は明確に定めがたい。出世魚の呼び名も、成長の連続の中で変わる。森本の素朴な問いからくるこのワークショップは、一見たわいなく見えるがとても奥深く、私たちが世界をどう捉えているのかという根源に触れている。2時間以上ゴマを擦り続けた参加者は、すりこぎの抵抗がふっと軽くなる瞬間を、手の中ではっきりと受け取っていたはずだ。それは説明よりも確かな、移行の瞬間を示す身体的な実感であっただろう。この世界を受け止めることは、誰かの言葉に頼るだけではなく、自分の身体を通した経験によって掴み取ることなのだと。そして境界とは、関わりの中でゆらぐ意識でしかないものであると、森本から教わった気がしている。
人は、周囲との関係のなかで経験を重ね、感覚や身体を通して理解を更新していく。誰かの営みを知ろうとする行為は、その人の時間に寄り添いながら歩くことにも似ている。「障がいのある人の優れた作品」と「現在活躍する美術家の仕事」という語を並べたとき、そこには社会がかかえ込む境界のようなものが浮かび上がる。けれども、その境界線に目を奪われるのではなく、作品を前にしたときに立ち上がる感情や思考そのものに耳を澄ませてみたい。本プロジェクトが提示したのは、境界の存在を前提にしながらも、その線を揺らし続ける状態のまま見つめようとする実践だったように思う。
タイトルにある「かけら」は、そうしたゆらぎのなかで手渡される小さな種のように感じられた。受け取った種をどのように育てていくのかは、鑑賞者それぞれに委ねられた問いでもあるだろう。展覧会をあとにした今も、その行く先に思いを巡らせている。