現代アートを救う生
山本浩貴 文化研究者/実践女子大学准教授
韓国の哲学者・高秉權(コ・ビョングォン)は、障がい者差別に抗う学びの場「ノドゥル障がい者夜学」で、長らく、様々な障がいをもつ人々に勉強を教えている。その経験を基に執筆した『黙々』(2018)には、「聞かれなかった声とともに歩く哲学」という副題が添えられた。ノドゥルでの経験を通じて、高は「哲学を通しての成熟」ではなく、「哲学の成熟」へと至る道を見いだした。彼は言う、「生の先生を自負していた知の大家たちは、知的障害者の前でいかに幼稚で無礼であっただろうか。自ら大人であることを自負しつつ、どれほど多くの者たちを知的障害へと追いやってきたのか」と1。
この「Exploring III―かかわりから生まれる芸術のかけら―」展(以下、本展)は「障がいのあるアーティストによる現代アート発信事業」の一環に位置づけられている。昨今、現代アートはマイノリティの生を救うことを、その大切な使命のひとつとして自覚しているように思われる。アートの実践は、これまで社会のなかで排除され、その価値を貶められてきた存在に光を当てる力をもっている。このことは、たくさんのアーティストたちによって証明されてきた。従来の「健常」と「障がい」という二項対立に縛られることなく、障がいのある人々の表現を現代アートの枠組みで捉えなおす本展も、そのようなキュレーションの可能性を存分に示している。
だが、本展において、障がいのある人々の表現―その創造性、その「生」―は、たんに現代アートによって救われるだけではない。逆に、それは現代アートを救う。この展覧会に参加している作家たちの営みを前に、現代アートは、その領域がいかに(高の言葉を借りれば)「幼稚で無礼」であったかをさらけ出す。私自身、大いに反省しなくてはならない。私が、私たちが、アートにかかわる創造や表現や制作や表象を、どれほど限定された枠組みのなかで考えていたのかを。「自ら大人であることを自負」する「成熟した」現代アートの世界は、本展を通して、その「常識」や「前提」の解体と再構成を余儀なくされる。以下、具体的に検討する。
まず、「多様性」や「共生」といった概念が挙げられる。現代アートの領域で、これらの言葉は、すでに「常識」の範疇にある。その意義に疑問の余地はない―少なくとも、私はそう考える。理念的に、社会の多様性を尊重し、他者と共生する仕方を模索することは不可欠な行為だ。しかし、(アート界のみならず、社会全体における)その「乱用」に対して、ある種の警戒心が広がっているのも事実だ。そうした警戒心自体は健全なものであり、その根源に何があるかを問うてみるのは重要だ。おそらく、それは「多様性」や「共生」が(認識されるべき)前提ではなく、(目指されるべき)目標となっているのではないかという感覚に由来する。
哲学者の星野太は、「共生」の社会的意義は認めつつ、その内実に対して次のような違和感を表明する。
(…)われわれはけっして「ひとり」になれない。それゆえ共生とは高邁な理想であるよりも前に、われわれがけっして抗うことのできない現実のことである。だから、(…)共生それ自体が目指すべきゴールであるといったような言葉づかいには、やはりどこか違和感がつきまとう2。
本展には、社会的な「包摂」を求めて―それを一義的目的として―なされている営みはひとつとしてない。平田安弘の、中根恭子の、そして勝山直斗の祈りにも狂気にも似た反復は、それが彼(女)らの平凡な日常としてそこにあるのをただ認められることを求めている。
次に、ローラ・マルヴィが理論化した「視覚的快楽」について考える。エポックメーキングな論文「視覚的快楽と物語映画」(1985)で、精神分析学の知見を援用するマルヴィは、「映画は、女性の「見られること」(To-be-looked-at-ness)にハイライトをあてるのを更にもっと推し進め、その「見られること」が見世物そのものとなるべく方法を創り出す」と主張した3。彼女は大衆文化の快楽が必ずしも「大衆」的ではなく、異性愛男性の心的構造に適合するように設計されているがゆえに、男性が女性のイメージを単なるエロティックな対象として享受できるように仕組まれていることを暴いてみせたのだ。
マルヴィが明らかにしたように、多くの文化で支配的な家父長制イデオロギーは、その領域で映画、芸術、文学などの作品が提供する愉悦のなかで、女性を「見られるイメージ」(客体)、男性を「見ることの担い手」(主体)として固定化する。しかし、本展は、いわば「脱規範的な」視覚的快楽であふれている。大江正彦が、かつのぶが、そして齊藤彩がタブローに描く色と線の積層は、ジェンダーやセクシュアリティ、あるいはエスニシティといった属性とは離れた場所で、彼(女)らが密かに楽しむ悦楽の痕跡を刻む。それは特定の―しばしばマジョリティで強者の―誰かだけを心地よい気分にするためにチューニングされたのではない快楽の所在を示す。
最後に、私たちが現代アートを語る、あるいは現代アートのなかで語られる「言語」について。多くの美術史家や文化研究者が、障がいのある人々の表現を「すくいあげる」ための語りを紡いできた。先住民(アボリジナル)の歴史を研究する保苅実は、先住民の神話や記憶を「すくいあげ」ようとする歴史学の伝統のなかで、しばしば「『尊重してすくいあげる研究者』と『尊重されてすくいあげてもらうアボリジニ』とのあいだの権力関係は無傷のまま温存されてしまう」ことに注意を促す4。美術史家や文化研究者も、その温情主義的な目線のなかで、障がいのある人々との権力関係を「無傷のまま温存」してきたのではないかと自問する必要がある。
保苅の指摘にならい、障がいのある人々の表現を現代アートの規範的な語りのなかに「包摂」する方途を探るのではなく、そのような表現が示す一見すると矛盾し衝突する複数の語りを同時に鳴り響かせることで、規範的な語りを不安定化させていくことが重要だ。高田マルの、松本国三の、そして森本絵利の作品がはらむ多彩な造形上の「言語」は、現代アートを語る語彙を拡張し、現代アートの領域で語られる語彙を爆発的に増大させる。彼(女)らが使用する語彙は、ときにアカデミックで、ときに感性的、ときに文字的で、ときに図像的で、ときにそのいずれでもない。その最大限に広範な意味での「言語」は、めまいがするほどの無限性をたたえる。
私は2024年に開催された「Art to Live 国際シンポジウム」でモデレーターを務め、小出由紀子、トム・ディ・マリア、保坂健二朗―障がいのある人々を含め美術の「主流」でなかった表現に深くかかわってきた各氏―から話を聞き、自身が現代アートの領域で身につけた「常識」が解体される愉悦を知った。皆、自身が障がいのある人々の表現に対してどう貢献できるかより、自身がそうした表現からいかに多くを学んだかを語った。同様に皆、現代アートが障がいのある人々の表現に対してどう貢献できるかより、現代アートがそうした表現からいかに多くを学ぶことができるかを訴えた。今、私も彼(女)らの言う意味が(少なくとも以前より)はっきりとわかる。