境界線をゆるませる言葉をもつこと
佐藤真実子 東京都写真美術館 学芸員
「障がいのある人の作品を現代美術と一緒に並べる展示を考えるのは、とても難しい。」
障がいのある人の表現が含まれるアール・ブリュットやアウトサイダー・アートの作品の展示に携わってきた筆者が、常に感じてきたことである。本展がそのハードルを軽く越えている様を見て、小さく唸った。
「Exploring II 日常に息づく芸術のかけら」展は、大阪府の「2025 大阪・関西万博に向けた障がいのあるアーティストによる現代アート発信事業」に採択された「Art to Live」プロジェクトが手がけた展覧会である。このプロジェクトでは、capacious(カペイシャス)と一般社団法人日本現代美術振興協会(APCA|JAPAN)1とが互いの知見と経験を活かし、障がいのある人の表現と現在活躍する美術作家の作品とを包括的に紹介することで、前者の優れた作品を現代美術として認識し、その評価を高めようと試みる。本展では、どの作家にとっても、ごく身近なところにある小さな事柄や問題こそが、掬い上げるべき本質的なものであるとし、14名の作家を、「いとしきもの」「手わざ」「ルーティーン」「文字をこえて」の4つのキーワードのもとに並べた。会場では障がいのある作家と現代美術の作家とがそれぞれの特徴をたよりに配置され、その類似や相違が示されていた。
とりわけ、「ルーティーン」のエリアで向かい合って並ぶ平田安弘(1984-)と森本絵利(1978-)の作品は強い共通性を感じるものだった。二人に通じるのは、一つの行為とそこから生まれる円へのオブセッションと言えるだろう。
平田は1998年から通う大阪市平野の「アトリエひこ」で、現在も週1回のペースで制作を行っている。平田が大好物の「とうもろこし」であるという筒状の作品には、紙管の内側に向かって無数の釘が打ち込まれる。筒の外側に現れる釘の頭が示す円は、初めこそ整然と列をなしていたが、近年では数種類の釘を使い分けて大量に打ち込むようになったため、表面はさまざまな円で覆われるようになった。釘のない部分や紙管の側面に配された色や模様、筒の内側で密生する無数の釘の胴を見ると、まるで紙管が危険な特性を隠し持った生き物のように見えてくる。壊れてしまう寸前まで釘を打ち続けたために奇妙なうねりが生じた作品は、まさにそれが当てはまる。
一方、森本は、より細かく精緻な作業によって小さな円を描く。等高線を意味する「contour map」と名づけられたシリーズでは、森本が惹かれた風景を数種類の色とサイズのドットに分解、計算をして、決めたとおりに画面に点を置いていく。そこには人が描いたとは思えない正円が、色やサイズを変えて夥しい数で現れ、それらの点の集積が、風景を起点としているとは想像できないほど、全く別の世界を生み出している。隣に並ぶ制作過程を表す「メモ」や、ガラス瓶に入れられた極小の紙片の数々にも、森本の特定の緻密な作業を丹念に突き詰めていく態度が確認できる。
平田と森本では、円が生まれる経緯は大きく異なるが、どちらも他者から見れば気が遠くなりそうな作業に固執し、多少の身体的苦痛を感じながらも、とらわれたように没頭していくことで、結果として精神の安らぎを手に入れている。いくらかの濃淡はあっても、このプロセスは障がいのある作家にも現代美術の作家にも等しく見られる側面である。そういった作家どうしの共鳴による調和が、この二人の展示空間には生まれていた。
本展ではこうした場面を随所に生む展示を実現していた。それゆえ、最初に述べたように筆者は思わず唸ったのである。
しかしそれでもなお、やはり障がいのある人による表現と現代美術との間には、確かに境界線が張られていると感じる。だからといって、各々を分離することで決着をつけるのは性急である。作家が語ることが少ない表現を、作品ではない「別のもの」として圏外に置くのは、私たちがそれらを語る言葉を持っていないからである。決して表現に価値がないということを意味しない。
まだ価値が認められていないものに新たな価値を見出そうとするとき、それについて語る言葉をできるだけ多く持つ必要がある。本展のように展覧会という形で語ることも重要であるし、同時に、実証的で地道な調査に基づく美術史学、人類学、障害福祉学、医学などの学術的な見地から価値を語ることもできる2。あるいは、批評理論や、マイノリティ研究、ジェンダー研究からのアプローチによる批評もあるだろう。マーケットで語り販売することもまた、実際の作品価値を高めていく。分野ごとの縛りも解き、作家と作品について語るための横断的な言葉を、あらゆる方法で編み出して初めて、作品の価値を説得力をもって示すことができる。残念ながら、筆者も含めて、それを語る言葉を獲得しているとは言いがたい。
目の前に強く張られた境界線をゆるませるために、一つでも多くの言葉を積み上げていくことである。本展は、それを軽やかに体現していたのだった。
Footnotes
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capaciousは、大阪府福祉部の管轄にあり、大阪府委託事業として大阪府の障がいのある人の作品を作品販売を含めて幅広い形で紹介している。また、一般社団法人日本現代美術振興協会(APCA|JAPAN)は、現代美術のアートフェアのART OSAKAなどを長く運営している。詳細は以下を参照。
https://www.capacious.jp/about
https://apca-japan.org (ともに最終閲覧:2025年3月9日)。 ↩ -
欧米では、専門的に研究する人材がこの分野を支えている。例えば、牽引者でもある、アメリカン・フォーク・アート・ミュージアムの学芸部門長兼シニア・キュレーターのヴァレリー・ルソー(Valérie Rousseau)氏は、人類学、美術史学の研究を経て博士号を取得し、自館の展覧会だけでなく関連するさまざまな活動を行い、発信している。最近では、セルフ・トート・アートを含むカウズのコレクションを取り上げた展覧会「The Way I See It: Selections from the KAWS Collection」(ドローイング・センター、NY、2024-2025)でカウズへのインタビューなども担当した。詳細は以下を参照。
https://drawingcenter.org/posts/kaws-interview-valerierousseau (最終閲覧:2025年3月10日)。 ↩